昭和四十七年七月十四日 朝の御理解
x御理解第七十八節
「神の機感に適うた氏子が少ない。身代と人間と健康とが揃うて三代続いたら家柄人筋となって、これが神の機感に適うたのじゃ。神の機感に適わぬと身代もあり力もあるが壮健にない。壮健で賢うても身代をみたす事があり、又大切な者が死んで身代を残して子孫を断絶してしまう。神のおかげを知らぬから互い違いになってくる。信心して神の大恩を知れば無事健康で子孫も続き身代も出来一年勝り代勝りのおかげを受ける事が出来るぞ。」
どうでも信心が子供に、又は孫に伝わる程しの信心を頂かなければいけない。しかもその信心が子供に孫に伝わるとゆう事が、只伝わるとゆうだけではなくて、いよいよ神様のおかげが分かり、神の大恩を分からせて頂ける信心にならなければならない。そうゆう信心が親、子、孫と三代続いたら、神の機感に適った氏子と、それがしかも家柄人筋となってと迄こうおっしゃっておられる。ですから家柄が第一変って来る、人筋が変ってくる、とゆう程しの事ですから、やはり本気での信心がなされなければ出来る事じゃない。
成程子供がお父さんが、例えば信心しとるなら家内が、そして子供がそして孫達がついてくるとゆう為にはです、そこに打ち込んだ信心がなからなければついて来ませんし、又続きません。それには、どうしても打ち込んだ信心が要るのです。お互い折角信心させて頂くのですから、最近私が申します、それこそ神様と私共の上に有難い有難いで、もうそれこそ露に濡れたようなしっとりとした有難いものを頂きたい。
どうでしょうか、御祈念をなさる時に、そうゆうしっとりとした神様との交流を感じられるでしょうか。御祈念中眠るような事では絶対しっとりとしたものが感じられているとは思われません。もうそれこそ有難うて有難うて、そうゆうしっとりとした信心とゆうのが、そんならどうゆうところから出てくるのか。しっとりとした心持ちにならせてもらおう、しみじみと有難いものを感じようと言うたり思うたりして出来る事じゃない。これはやはり神様に与えられるものですから。そんならどうゆうような心の状態にならせて頂いたら、そうゆう心の状態が頂けるかと言うとね。
昨日は十三日会で、お互い、いよいよぎりぎりのところ改まらなければならない。そこを出し合って共励をしあおうじゃないかとゆう事でございまして、幹部の五六人の方達の、言うなら普通ではここは出せないところを皆の前に、言うならば披瀝して、そしてお互いが、そうゆう例えば、こうゆう心があってはおかげが受けられない。こうゆう状態では本当のおかげになるはずはない、と思うところをです。
まあ昨日は恥部とゆう言葉、お互いが人には見せられない隠しきっておるような恥部とゆうものが心の中にある。そんなら、どうゆうところが恥部かと言うと、こうゆう心ではおかげの受けられない、こうゆう信心状態ではおかげが受けられないと気付かせて頂いておる、それが恥部だとゆう意味の事を頂いた。それで私共がですね、本気に取り組むと言うても、例えば朝参りすると言うても、まあ本気にならなければ、とても出来ませんですねえ。けれども金光様の御信心は参っただけでおかげは頂かれても、人柄人筋にまで変ってくるとゆうのですから、これは人柄が変らにゃならん、人筋が変らにゃならんのですから、改まらなければ出来るこつじゃありません。朝参りなら朝参りとゆう事を一心発起して、朝参りの修業をさせてもらう事によって、おかげは頂かれてもです、それが人柄人筋となって変るとゆう事にはならないです。参りよるから人柄が変るとゆう事じゃない。改まらなければ人柄は変らない。
そこでそんなら填まると言うても、お参りをするとゆう事だけでも填まらなければ出来ないけれども、お話を頂いて本気で改まらせて頂こう、本気で自分の恥部に気付かせて頂いて、そこを改めていこうとゆう、そこに、そこんところを思うただけじゃいかん。本気でそれに填まって取り組むとゆう事なんです。しかもその信心が三代続いたらと、難しいごたるけれども、そうじゃあない。例えばここに久富さんがおられるから、久富さんの例をとると、久富さん達ご夫婦の信心がです、そんなら息子と嫁達が信心について来るようになった。若夫婦に孫達は当然ついて来る。愛吉君と日出代さんと二人孫がおりますが、これもやっぱお父さんとお母さんが参る時は、必ずついて来よる。ははあこうゆう風にしてついて来るのだから容易だとゆう事です、少し信心になってくれば。そして親父達が本当に一生懸命なるが、やっぱならにゃ馬鹿らしいとゆう位なものを、だから見せていき与えていかなきゃ駄目です。その過程においては、それはいろいろありますよ。
昨日西郷の千代田さんがお届けされるのです。皆さんも御承知のように、あのように、それこそ実意丁寧に熱心な信心をなさいます。ところが余り熱心に白熱化してきたところが、息子達が、もうえらい、それを嫌うようになった。てえげえいい加減にぼうけとかんの。月に二回か三回なら、大目に見とこうばってん、そげん毎日毎日参って、そして晩は晩で、又月次祭に参ってとゆうような事で、もう本当に信心が分からんとは言いながら、こんな御粗末御無礼な事を申しよりますと。それで私が止めればいいでしょうけれども、そうゆう訳には、もう参りません、と。
信心が分かってきた、有難いと。ですから、どうぞ子供達夫婦の上にもです、信心が分かっておる主人までが、子供どんがあげん言うもんじゃけん、お前、ちっと子供達の言う事聞けとゆう位にやかましか。けれどもそれをゆるめる訳には参りませんと、こう言う。
そこで、そんなら分からん息子達夫婦が分からして頂くとゆうように、とゆうお願いが昨日ありました。これは信心させて頂くと必ずそうゆうところを、それに匹敵するような、ひとつの障害と言うかね、難関とゆうのがありますよ、必ず。だから、そこで息子どんが、あげん言うけんで、とゆうたら、もうそのまま御無礼になってしまいますね。そこんところをやっぱり、まあお試しと言うなら、お試しとゆう事になりましょうけれども、そんなら久富さんの例が出ましたが、久富さんの場合も、家庭的なものじゃなかったけれども、様々な問題、いろいろな障害、信心しよってもどうしてこんなとゆうような事がありましたけれども、そこを乗り越え乗り越えしてくるうちに子供達もついて来るようになった。まあ孫達は何が何やら分からんけれども分からんなりにやはりお父ちゃんとお母ちゃんが参るから一緒について来て、手を合わせる事を覚えよる。
成程この行き方でいけばね、三代続くとゆう事は、容易に難しい事じゃないんだと。こちらが通る所を通らしてもらい、それをもっともっと勿論、それが今申しますように、しっとりとした有難さと言うかねえ、しみじみとした有難さ、しっとりとして神様に交うとゆうような信心をさせて頂く。そうゆう信心を頂きたいが、そうゆう心はどこから生まれてくるかと言うと、所謂改まりからだとゆう事。改まる事に本気にならせて頂くところからです、神様が、それに交換条件のようにして、しっとりとしたものを与えて下さる。だからこのしっとりとした、しみじみとしたものが生まれてこんとですねえ、しみじみとしたお礼も出来なければお詫びも出来んです。お礼は言いよります、お詫びもしよります。けれどもね、神様に交うようなね、しっとりとした言うなら有難さとか、もうしみじみとお詫びを繰り返し繰り返し繰り返させて頂いてもです、お詫びがしきれない程しの、お詫びといった事になってこない。只祈念の言葉の中で言うておるだけではいけないとゆう事。
そこでね、私はそうゆう信心から段々子供が孫に伝わっていく程しのおかげを頂いて、そんならいよいよ神のおかげを知り、神の大恩を知れば、無事健康で子孫も続き身代も出来、一年勝り代勝りのおかげが受けられる、とおっしゃるのですから、そうゆうおかげを頂かせて頂く為にも、しっかり本気での信心をなさして頂かねばならないとゆう事。為には填まらにゃいかん。さあ雨が降る、風が吹く。こげん時出よったっちゃ着物が濡れたり足が汚れたりする。高ぼっくりども履いてから濡れんごと、汚れんごとしよったんじゃしろしゅうなる。けれども本気で、もう濡れかめえなしにですね、それこそ雨合羽を着て長靴を履いて填まって出たら、又雨の日も楽しゅうなってくる。問題は、填まり。
私は今日はね、その填まりとゆう事のお互い、これは私を初め、足りない事に、はあこれではしっとりとしたものは生まれてこない。填まらなければ、なる辛抱なら誰でもする。ならぬ辛抱する事が、本当の辛抱だと。只そんなら歯をくいしばって辛抱するじゃなくて、信心させて頂く事によって、その辛抱がしぬく事が出来る時にです、もう辛抱じゃなくて、その事が有難うなってくるのですから、ね、信心は。
昔、椛目の初めの頃に、田主丸からお光とゆう料亭のおかみが大変おかげを頂いて、お参りして来るようになった。それから仲居さん達から、女ごし達まで皆、お店に出る前には、ちゃあんと身ごしらえを致しましてね、そして夕方一寸椛目が華やかになる位にありました。みんな店の女ごし達、皆連れて参って来る。ある時、もう本当に親先生、私共のごたる商売はもう子供やら孫にども伝える商売じゃありません。もう目覚めが悪いて、もうそれこそ男をだまされるしこだまして、金を巻き上げんならんとゆう商売ですから、昔赤線と言って、そうゆう女ごし達のおる時代の事ですから。それで私が申しました。そげなこつであるもんかい。ああた辺りあたりに来て使う金は、もう悪銭身に付かずでね、もうどこでか必ずいらん事に使う金だから、もうそれこそ取り上げられるだけ取り上げなさい。搾られるだけ搾りなさい。そしてお水とゆうお道の濾過器にかけなさい。そしてそれが悪銭であっても浄財と言われる位な財にしていきなさい。おかげで信心させて頂いとるから、そこら辺りは分かろうがなと、私が。もう本当にその事を頂いてからね、それこそ填まってお客さんから搾り取ることを、もう女ごし達にも教育しました。とゆうような中々良い信心を女ごし達もしよりました。
ある日でした、参って来てから、私は、その方は今久留米におって良か所に縁に付いております。嫁入る時には、確か椛目時代だったでしょうか、秋永先生に嫁入り着物やらは、注文してから作って、それは中々働き手でしたがね。これはもう年も取っとりましたから仲居もすりゃ、手が足らん時には、女ごしにも出るとゆうような仕事をしてましたから、まあ現にそこにおられますから、名前を伏せて、まあお君さんと申しましょう。そのお光の女将が来てから、ここでお届けをするのですよ。もう親先生、うちのお君にだけは感心しましたと言うのですよ。「どうしてか」と言うたところが、先日からですね、親先生もうそれこそ労働者風の見すぼらしいね、お客が来ました。もう他の女ごどんは相手にしなかった。ところが胴巻から札束をチラッと見せた。ばってん男が汚らしゅうしとるもんで、女ごし達が相手にしなかった。お君がそれを見ましたから、それこそもうほんなそれ前迄はね、もうあんたごたるとが店に来るなら邪魔になると言わんばかりにしよったつがね、もう手の平かやすごと、そのお客さんをとうとう引き上げてしもうた。「先生、一週間居続けました」と。もう体当たり、自分で。そしてもうそれこそ、がっすえを底迄はたかせてしもうたと。もうこれの腕には驚いてしまうと言うてその、お光の女将がね、感心した事がありました。
私は皆さんにね、言うなら変な話をしますけれどもです、お客さんのより好みどんしよったんじゃあ、おかげは頂かれんです。やっぱそうゆう根性持ってましたから、ああゆう商売がやんでから久留米でリヤカー引っぱって切り花を売って歩きました。沢山お金も蓄めました。そしてとっても良か所に縁について、つく時には、そんなら梅屋にお願いしてから着物は作ったとゆうような根性のある女でした。
私共がです、例えば日々そんなら本当に、ここでは日常生活の上に、それこそ全ての事を、御事柄として、受けてゆかねばならんとゆう、その事柄をです、より好みどもしよったんじゃあ、おかげは頂かれやせんです。このお客なら受けるけれども、このお客のごたるとは、もう好かんとは、もうそれこそ側にでん寄せつけんといったような事では、おかげは受けられんです。その根性が大事だと、私は思います、信心は。
そうゆう信心からしか、今日私が言う、それこそしっとりとしたといったものやら、しみじみと神様に交うていく有難さとゆうものは交うて来んです。その填まりなんです。言うなら「受ける」とゆう、その填まりなんです。この事は受けられるけれども、これは受けられんと言ったような事ではなくて、例えば私の椛目時代の四年半がそうでした。もう填まっとりますから、もうそれこそどうゆう事でも黙って受けられるどころじゃない。合掌して受けられとる。
そうゆう生き方の中からです、人柄が変ってくる、人筋も変ってくる、家柄迄変ってくるのです。そうゆう信心をさせて頂いて、私は初めてです、もうそれこそ子供がついて来にゃおられん、孫達がついて来にゃおられん。しかもそうゆう信心が三代続いたら、それが家柄人筋となって、神の気感に適うた家柄となるのです。そうゆう信心させて頂く事によってです、いよいよ神のおかげを、おかげと知り、神の大恩を大恩と、言わば感じさせて頂けるところの信心がそうゆう信心から生まれてくるのです。只お願いをする事を、お願いしておかげ頂いたといったようなものから生まれてくるものじゃありません。最後のところの身代も出来、一年勝り代勝りのおかげを頂きたい。そんなら三代も続かにゃと思うと何か難しいごたるけれども、そんならそうでしょうが、繁雄さんの所の例をとりましたが、まあだ繁雄さん一代の信心のようにあるけれども、息子達夫婦もついて来るようになった。孫達も一緒について来て、言うなら神様に手を合わせる事も覚えよるじゃないか。だから繁雄さん達夫婦の信心が、只今申しますような、もっともっと填まった信心でおかげを頂かれるようになったら、いよいよ私は三代続くとゆう事は難しいとゆう事ではない。有難あぁく信心が伝わっていくだろうと思う。その頃から、所謂第一人柄が変ってくる、人筋が変ってくる、家柄まで変ってくる。その人筋、家柄にふさわしいおかげが伴わないはずがない。しかも、それは一年勝り代勝りのおかげになる程しの事なのですから、朝参りをするとゆうだけでも填まらなきゃいかん。朝参りに填まってお参りしただけで、それじゃおかげだけ。家柄人筋となって、しかも神の気感にかのうた家柄人筋とゆうおかげを頂くためには、ひとつ本気で改まらにゃいかん、本気で修業をさせてもらわにゃいけん。そこの改まらなければならないところを、ひとつ見極めたならば、それに本気で取り組まなければいけん。それこそ一切を御事柄として頂き抜いていこうとゆう、精神を、お客の好みどもしよったって、本当の言うならおかげは頂かれん。ちらっと胴巻の金を見た瞬間から、もう体ごとぶつかっていく。神様のおかげ、成程とゆうようなものを、チラッとのぞいた瞬間から、これは本気で一家をあげて填まらにゃいかんぞとゆう、言わば信心。
それにはまず中心になる皆さん達の信心がです、もう本気で、例えば黙って治めると言うなら、本気で黙ろうと、そこから治まっていくところの体験を頂かせてもらうところから、初めの間は辛うても、その事が有難うなってくるとゆう信心。
今日は七十八節を、今日私は、私共が本気で填まるとゆう事を聞いて頂いた。填まらなければ出来ない。それを只渋々受けていく、泣く泣く受けていく、ではいかんとゆう事です。それは雨の日はしろしい事に決まってますけれども、そのしろしい雨の日でもです、もう濡れついでとゆう気持ちで填まったらです、雨も又楽しゅうなってくるです。填まらなければね、神様の方から交うてくるもの。それこそしっとりとしたとゆうものは交うてこない。しみじみと有難いものも頂けない。もう本当に御祈念させて頂きながら、御祈念中に眠ってしもうとったとゆうものじゃなくて、もうそれこそしっとりと、神様と、しみじみ交うていくならです、眠気どんがつく事じゃなか。お礼を申し上げても申し上げても、お礼の申し上げようが足りんとゆうような心が生まれてくる信心が楽しゅうなってくる。そして今日も又、一切を御事柄として受け抜かせて下さいとゆう填まりが出来る。そこからしろしいとゆう事ではない。これはもう本当にね、もう本当に填まらにゃきつかですよ。難儀をこうやって両方の手に下げとってんなさい。もう手が痺れるごとある。それをね、ひとつにまとめて背中にしっかりおんぶする気持ちになってごらん。又両方の手には他のもんでも持ちたい位に楽になるもんです。問題はひとつ、どうかその填まらして頂けるね、心を何とかしてお繰り合わせを頂いて、所謂填まった信心修業が出来れるおかげが頂きたいですね、どうぞ。